コロナウイルス抗体検査の方法、及びメリットと課題

新型コロナウイルスへの感染状況を調べるため、日本でも「抗体検査」の準備が進められています。
「抗体検査」がそもそもなんなのか、簡単にご説明しましょう。細菌やウイルス等の病原体が体内に入った時、人間の体は病原体と戦うだけでなく、病原体を分析します。
そして形の合うタンパク質を作り出し、体内に侵入した病原体と結合させ、毒を出したり増殖したりすることを防ぐのです。
(参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%97%E4%BD%93

抗体検査は、血液内にこの「抗体」が存在しているかどうかを調べる検査です。
(ちなみにですが、コロナウイルスに感染後、完治したからといって抗体を必ず持っているわけではありません)

PCR検査と違い、検査には血液そのものを使用します。
簡易な抗体検査には「検査キット」というものがあり、そこに血液を垂らした後、しばらくすると線が出てきます。その線の出方で抗体を持っているかどうかを識別するのです。
(これは簡易なキットの場合です。精度を高める場合、もっと詳細な検査と時間が必要です)

抗体検査キット(イメージ)

この抗体検査、人によっては「ゲームチェンジャー」(状況を変える存在)と呼ぶ人もいます。なぜでしょうか。

抗体を持つ人から「コロナ前」の生活ができる?

今人々がなるだけ外に出ず、接触を少なくしているのは、コロナウイルスに感染するのを防ぐためです。
もしあなたがすでに抗体を持っていた場合、(実は一度感染しており、人知れず治っていた場合)”理屈の上では”感染する危険性が低くなります。
それなら堂々と、コロナウイルスが流行る以前のように経済活動を行ってもらったり、まだコロナに掛かっていない人同士の接触を中継したり、コロナに掛かってしまった人の面倒を見たり、といったことができるのではないか。
そして、そういった人が増えてきたら、また元の生活を取り戻すことができるのではないか、そういった考えがあります。

だからこそ、病気を治すわけでない、一つの検査が「ゲームチェンジャー」と呼ばれているのです。

ウイルスの感染具合や致死率が分かる

更に抗体検査にはメリットがあります。
新型コロナウイルスは未だわかっていないことが多いウイルスです。

致死率も、精度が曖昧なPCR検査と死者数を照らし合わせて出した数値でしかありません。しかも国ごとにかなりばらつきがあります。

しかし抗体検査は「今ウイルスに感染している人」はわかりませんが、「過去に罹って治った人」は分かる検査です。
それにより、どのぐらいの人が実は感染していたのか、どのぐらいのひとが治ったのか調べることが出来ます。
もし感染した人、治った人の数や分布がわかれば、今が感染拡大前なのか、ピーク時なのか、終焉期なのか判明します。
更には感染経路や、どういった行動が感染を流行らせたり、防いだりしているのか、(BCGや土足等あらゆる説がでましたが、未だ有効な説とはなっていません)解明する糸口になるかもしれません。

またどのぐらいの人が抗体を持っているのか判明することで、どの程度経済活動を復活させて良いのか、リスクをシミュレーションした上で実行することができます。

もしこの通りのことが起きるとしたら、確かに「ゲームチェンジャー」です。

残念ながら課題も多い

「そんなにすばらしいものならいますぐやるべきだ!」と思われたかもしれません。確かにそれも間違っていません。
しかし抗体検査にはまだ課題が多いことも事実です。

抗体=免疫ではないため、2度目の感染の可能性もありえる。

抗体は確かに、2回目同じ病原体が来た際、防御の主役として働きますが、抗体があるからといって免疫まで持っているわけではありません。

「だが、抗体反応が起きることが、免疫獲得を意味するかどうかは別の問題だ」と、WHOの新興感染症対策部門を率いるマリア・ファン・ケルクホーフェ(Maria Van Kerkhove)氏は述べる。「免疫という文脈で、抗体反応をどう捉え得るのか。われわれが真に理解する必要がある点だ」

https://www.afpbb.com/articles/-/3279544?page=2

中国や韓国でも、一度感染した後、再度症状を確認した事例がいくつかあります。
(参照:韓国で「再陽性」163人 隔離解除から平均13.5日

決して抗体をもっているからといって、安心はできないのです。

「完璧な検査方法」がまだ確立してない

さらに問題としては、検査キットがまったくもって完璧でないことです。
例えばイギリス政府は先月末頃に350万本の抗体検査キットを中国に発注しました。
急ぎ発送された検査キットのうち1750本を、英国内の企業9社に試験させたところ、大量使用のできるほど信頼性のあるテストキットは見つかりませんでした。
現在英国政府は、検査キットのメーカーに協力していますが、うまく行かない場合は中国に返金を求めるとのことです。
(参照:https://www.telegraph.co.uk/news/2020/04/06/government-seeks-refund-millions-coronavirus-antibody-tests/)(英語)

また同じくインド政府も、中国の抗体検査キットを5億個程確保していました。
しかしながら精度が思わしくないため使用を取りやめるとのことです。
インドは医療制度が整っておらず、抗体検査に賭けていた部分もあり、大きなダメージが予測されます。

「例え精度が低くてもしないよりマシ」という声もあります。
しかし考えてみて下さい。例えば多くの人のもとに検査キットが届けられたとしましょう。一部の人が、「抗体を持っていないにもかかわらず、抗体を持っている、と結果が出た」場合、その人は「自分は抗体をもっている」と信じます。
そういう人が、コロナが流行る前の生活に戻ったり、コロナウイルス発症者のお世話をしたらどうなるでしょうか。
多くの悲劇が起きてしまいます。

まだ治ってる途中かもしれない

また、例え精度の高い抗体検査ができたとしても、更に問題があります。
「抗体がある」ということは「治った」訳ではないのです。

今回の新型コロナウイルスでは、無自覚感染者が多い、というニュースは聞かれているかと思います。
その「無自覚感染者」が精度の高い抗体検査を受け、正しく「抗体がある」と結果が出たとします。

しかし、抗体があってもまだその抗体がコロナウイルスと戦っている最中かもしれません。
「抗体がある = 感染す心配がない」という誤った認識のまま、喜びいさんでコロナ前の生活に戻ったり、高齢の両親の元を訪れたりしたらどうなるでしょうか。

ある種「抗体を持っている人」は「まだ罹っていない人」より危険な場合があるのです。

(参照:https://www.nature.com/articles/s41586-020-2196-x)(英語)

あくまで一つの調査として行うのがベスト

他にもいろいろな問題が提起されています。
「免疫パスポート」を作り、感染する可能性の低い人から経済活動に復帰してもらおう、という案もありますが、抗体を持っている人、持っていない人の間で起こる格差や、「抗体を持っている人がうらやましい」という意識から、外に出始める人がでてくるかもしれません。
また、血液を使う以上、衛生や感染リスク等を考えなければならず、そうなると医療リソースを使っていいものなのかどうか、考える必要も出てきます。

しかし抗体検査が有用なのも事実です。
今はとにかくコロナウイルスに対して、多くのことを知る必要があります。
感染具合、致死率等を知ることで、医療リソースを適切に配分したり、ピークに備えたりすることが出来ます。
(いっそ検査だけして、本人には結果を知らせない、ということで色々な問題が解決するかもしれませんが……国民感情的には難しいかもしれません)

冒頭にも述べたとおり、政府は抗体検査の意向を示してはいますが、未だ検査キットの精度や、「密」を作ったり医療リソースを消費することなく、大量の人数を検査する方法等に、頭を悩ませています。

いずれにせよ一番今避けなければいけないのは混乱です。
「いち早く検査してほしい!」と思うのも自然な感情ですが、今は静かに待ちましょう。
有料の検査や、今後の政府が行う検査で「抗体を持っている」と判断されたとしても、喜び勇んで人々と接触するなら悲劇が起こります(理由は先程述べたとおりです)

あくまで、「人類がコロナウイルスを解明するための検査」として、粛々と受け止めるのがベストなのかもしれません。

(参照:https://www.nature.com/articles/d41586-020-01115-z#ref-CR6)(英語)

Published by
安藤隆史