香港は、長らくアジアの金融拠点としての役割を果たしてきました。低い税金や資金の流動性、物流の拠点、整ったインフラ設備等、多くのメリットを金融グループに提供してきました。
しかし世界が慌ただしく変貌する中、長らく保っていたその地位から滑り落ちようとしています。
去年から続く「香港民主化デモ」、中国が推し進める「国家安全法案」これらの要素が不安視されているのです。
この話は噂レベルや、願望の話ではありません。金融ハブとしての地位がどれだけあるかの指数は「世界金融センター指数」(Global Financial Centres index)というもので表されていますが、英国のシンクタンクが3月26日に発表した数値ではすでに3位から6位に転落しているのです。
香港のスポークスマンはこの落下を一時的なものとして話していました。しかし新たに出た報道により、香港の地位は更に歪むこととなります。
その報道は「国家安全法案が外国人にも適用される」という報道です。
これは22日に行われた「全国人民代表大会」にて発表されました。
「国家安全法案」を簡単に説明すると、中国の国家安全を脅かすような行動を取った人間は、中国本土に移送され、中国国内の法律で裁かれるという法案です。
「国家分裂」「政権転覆」「テロ活動」「外国勢力と結託」をした場合はすべて対象となります。
この法律を外国人にも適用する場合、多くの行動を制限するものとなります。
つまりは中国のさじ加減一つで、「国家に対する脅威」と認定され、「中国に移送」「中国の法律で裁かれる」ということが起こり得てしまうのです。
これは香港内で活動する企業にとって大きなリスクです。特に、アメリカとの貿易競争等が激化している昨今、金融グループはどういった形で中国と対立することになるか、すべてのリスクをコントロールするのは不可能です。
この点でアメリカはすでに立場を表明しており、大統領補佐官が「国家安全法が成立すれば、中国に制裁を課す」と述べ、その場合「香港がアジアの金融センターとしてとどまると考えるのは難しい」と警告を発しています。
香港に取ってしてみれば、中国によって「金融拠点」の座を引きずり降ろされた形です。
香港にとっては大きな不幸ですが、日本にとっては大きなチャンスです。
どうしても日本の高い税率では、これまで香港に太刀打ちすることは難しい状況でした。しかし香港が陥落した今、アジアの金融拠点として最有力候補となっているのは東京です。
流通する金額は非常に高く、物流としての拠点としても役割を果たしています。インフラも十分に整っており、5G等の先進的な技術も広まりつつあります。
また折しもコロナウイルスの感染を、世界的に見れば5指に入るレベルで上手く終息させることができました。これは今最も重要な要素と言えるかもしれません。
そしてアジアにいながら最もアメリカ寄りの国です。シンガポール等に比べれば中国に侵略されるリスクは高くありません。
政府もこれを絶好の機会とみなして、動き出しています。
すでに今月11日の予算委員会では、金融グループの誘致について「香港を含め専門的、技術的分野の外国人材を受け入れてきた。引き続き積極的に推進する」との答弁を行い、積極的に受け入れ体制を整えていく方針を示しました。
実際「短期間のビザ免除」や「行政がオフィススペースを提供」「税務アドバイス」等をすでに検討しているとのことです。
このタイミングで東京証券取引所が祝日の取引を開始し始めたのも、追い風になります。(祝日の先物取引自体は去年から検討されていましたが、今回開始することで海外マネーの呼び込みに繋がります)
「東京よりもっと先進的で税の低い都市があるはず」と思われますか?それは間違いではありません。
例えばシンガポールは税金が安く、インフラも整っており、理想的な金融ハブの地域かもしれません。実際、GFCIのランクでは5位につけています。
ただしシンガポールのGDPは伸び悩んでいます。2018年には3.1%の伸びを見せましたが、2019年には0.7%にとどまりました。2020年には最大7%ものマイナスが予想されています。
またシンガポールはアジア内で見ると、コロナウイルスの感染者数が比較的多い地域に分類されます。15日に規制を緩和しましたが、依然新規感染者が多く出ています。
そして皮肉な話ですが、中国との距離も大切です。
中国は大きなリスクでもありますが、大きな金鉱でもあります。決して無視できる経済規模ではありません。香港が金融ハブとして成り立っていたのも、中国との距離が近い、という部分が少なからずありました。
シンガポールも決して遠いわけではありませんが、その点で東京・ソウル・マカオ等を押しのけて優位に立てる点ではありません。
「中国と距離は近いが、圧力をかけられても十分に対応できるだけの戦力がある」というロケーションが最高ですが、これに当てはまっているのはまさに東京です。
更に高級産業やスケールの問題もあります。
コロナウイルスによって、観光資源はまったく期待できなくなり、更にロックダウンは国際的な貿易すら危うくさせました。
シンガポールには魅力的なブランドショップや贅沢なホテルがありますが、それらの高級産業は現在コロナ禍の煽りを強く受けています。
更に人類がコロナを克服するか飽きるかした場合でも、その産業の大きさは、香港よりも小さく、東京やソウルにはまったく及びません。
ではソウルはどうでしょうか。
中国との距離は大変近く、アメリカとの軍事協定も結んでおり、確固とした民主主義国家です。コロナウイルスでも早期の終息を実現させました。
しかし専門家はあまりソウルを「次の金融ハブ」として見ていません。
単純な条件の問題です。ソウルの経済規模は東京より小さく、それでいて金融規制はシンガポールより厳しいのです。
更に政治的な面もあります。北朝鮮と韓国は未だ火種を抱えており、ソウルは北朝鮮にあまりに近すぎます。また、中国が香港に課す「国家安全法案」に対して、韓国の文大統領は立場を濁したままです。
残念ながらソウルが次の金融ハブになるのは現実的ではありません。先程のベタGFCIのランキングでも、ソウルは「33位」で、アジア太平洋地域でみても「11位」です。
ただし、「これからは東京の時代!」と確信するにはまだ早いと言えます。
東京にもあらゆる課題が山積みです。
例えば経済システムが、あまりに国際基準と離れすぎています。法人税は高く、労働規制は厳格で、終身雇用を前提とした法整備となっています。
更に、移住が難しく、シンガポールや香港に比べれば英語がほとんど通じません。
香港から金融グループが逃げ出すことは、日本にとってチャンスです。それは間違いありません。そして他の都市との競争でも優位に立つことができています。
しかし、これから日本がアジアの金融ハブとしての役割を担えるかどうかは、今後の舵取りに大きく依存していると言えます。
コロナ規制の緩和ムードが広がり、何も変わらない日常が戻ってきているように思えるかもしれません。
しかし国際的なスケールでは、大きく物事が動いています。ひょっとしたら、今後数年で東京や日本は大きく姿を変えてしまうでしょう。
参照:https://www.ft.com/content/6584c9f0-0b2c-4d5b-a976-fe4cc980d262
https://jingdaily.com/can-singapore-replace-hong-kong-as-asias-top-luxury-destination/
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60265240R10C20A6PP8000/