コラム

カスハラ(カスタマーハラスメント)とは何か? 従業員と企業はいかに対応すれば良いのか?

セクハラにモラハラ、パワハラなど様々なハラスメントが登場してきているが、昨今問題視されているのがカスハラと略されるカスタマーハラスメントだ。
顧客が優位な立場から、小売店や医療機関、役所などで不条理なクレームを突きつけてくる問題だ。
カスハラは従業員のメンタルだけでなく、その対処の仕方によっては店や企業のイメージにもダメージを与えかねないことから、店や企業だけでなく、厚生労働省も注意を喚起している。
しかしカスハラはクレームとの区別が付きにくく、相手が顧客であるために、その見極めや対処が難しい。
そこで今回は、カスハラとはどのようなものか、その対処方法はどのようにあるべきかについて確認していきたい。

カスハラとは何か

カスハラとはカスタマーハラスメントの略であり、カスタマー(顧客)がその優位な立場を利用して従業員などに過剰なサービスの要求や悪質なクレームを出してくる行為を示す。
たとえば理不尽な値引き要求をしたり無理なサービスの要求をする。そしてそれらが昂じて暴言や恫喝、嫌がらせや誹謗中傷にまで発展することもある。
クレームと呼べる範囲であれば、それは顧客からの貴重な意見や改善案であると解釈でき、店や企業にとっても商品やサービスを向上させるためのヒントともなる。
しかしそれが行き過ぎた理不尽さや不条理さを帯び始めると、従業員のメンタルにダメージを与えたり店や企業の営業に支障を来す。
とはいえ、カスハラとクレームとの境界線は曖昧だ。
そこで産業別労働組合である「UAゼンセン」が公開している『悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン』(※1)による悪質クレームの分類を以下に紹介したい(各分類の説明はよりわかりやすい説明にアレンジしてある)。

●長時間拘束型

顧客がサービスやクレームへの対応をさせるために、業務に支障が出るほど長時間に亘り従業員を拘束する。

●リピート型

顧客が電話などで同じ問い合わせやクレーム、要求などを執拗に繰り返してくる。

●暴言型

顧客が大声で怒鳴ったり、侮蔑的な発言や脅し、あるいは名誉毀損・人格否定となる発言や態度をとる。

●暴力型

顧客が従業員の体に乱暴な接触を行ったり、物やドアなどの設備を乱暴に扱う。

●威嚇・脅迫型

顧客が従業員に対して危害を加えることなどを予告して脅す。

●権威型

顧客が社会的地位などを背景とした権威をもって、自らの要求を強要する。

●店舗外拘束

顧客が従業員や社員を外の喫茶店や顧客の自宅などに呼びつけて、その場に拘束してクレームを出すなどして業務に支障を来す。

●SNS/インターネット上での誹謗中傷

SNSなどで従業員の名誉を毀損するような書き込みをしたり、従業員の個人情報を公開したりする。

昨今では、上記の分類以外にも顧客が従業員にセクハラ発言や行為を行ったり、病院などでは患者が治療方法や治療効果に対して医師や看護師に難癖を付けたり、あるいは役所などで行政に対する不満を職員個人にぶつけたり嫌がらせを行うなどの事例も出てきているようだ。
しかし、上記の分類に当てはまらなくてもカスハラと判断すべき時もあるだろう。
関西大学社会学部の池内裕美教授は、通常のクレームか悪質なクレームかを判断するポイントを以下の様に示している。

(1)回数の多さ
(2)不当な金銭要求、過大な物品要求、無理難題などの要求の有
(3)因果関係が明らかか否か
(4)不当な方法(恐喝、暴力など)であるか
(5)業務妨害(長時間、多頻度)に抵触するか─などの要素が挙げられます。

『社会問題化する「悪質クレーム」心理の特徴と社会的な背景とは? – 特集 – 情報労連リポート』

本稿執筆時点ではカスハラを規定する法律はない。ただし、俗に「パワハラ法」と呼ばれる法律がある。正式名は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」で、略して「改正労働施策総合推進法」と呼ぶことが多い。
この法律には「厚生労働省告示第五号」として、

第三十条の二第三項の規定に基づき、事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針を次のように定め

『厚生労働省告示第五号』

とあり、その7項で

事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取り組みの内容

『厚生労働省告示第五号』

として言及している。

※1 UAゼンセン『悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン』

クレーマーは中高年男性に多い?

前出の池内裕美教授は、クレーマーには高学歴で高所得、そして社会階層が高い(いわゆる社会的地位が高い)人が多いと言う。性格的には自尊感情が高く完全主義的な傾向が強い人たちだ。そして社会的不満が高い。性格的な特徴としては、寛容性が低いと言う。
そして、団塊の世代が最も多く退職する「2007年問題」に対して、この世代の中高年男性が過去の栄光を誇示したクレーマーとなることを「苦情の2007年問題」と呼ぶのだそうだ。(※2)
池内教授と同様の指摘をしているのが、『クレーム対応「完全撃退」マニュアル』(ダイヤモンド社)の著者でエンゴシステム代表取締役の援川聡氏だ。
氏は、外観は品行方正で善良そうな定年退職後の元管理職などが、在職中のような敬意を払われなくなったことから募った不満を立場の弱い店などの従業員にぶつけて鬱憤を晴らす「シルバーモンスター」の存在を指摘している。(※3)
あくまで傾向の話だろうが、このような顧客には用心した方が良さそうだ。

※2 『社会問題化する「悪質クレーム」心理の特徴と社会的な背景とは? – 特集 – 情報労連リポート』
※3 『定年退職の元管理職が“カスハラ”をしやすい訳 見かけ紳士な“シルバーモンスター” | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)』

カスタマーハラスメントが従業員に与える影響

このようなカスハラは、従業員に精神的なダメージを与えている。
顧客からのクレームによる精神疾患として労災認定された人は2018年までの10年間で78人に上り、そのうち自殺した人が24人だという。(※4)
また、UAゼンセンが接客対応している流通部門所属組合組合員を対象にしたアンケート調査(回答件数50,878件)(※5)によると、回答者のうち73.9%が業務中に迷惑行為に遭遇したと答えている。
迷惑行為に遭遇した人達に対する「迷惑行為を経験された方は、迷惑行為から受けたご自身への影響を教えてください」という問いに対しては、「軽いストレスを感じた」と回答した人が36.1%、「強いストレスを感じた」と回答した人が53.2%で、合わせて約9割の人がストレスを感じながら業務を遂行していることが分かった。
このように、カスハラは従業員のメンタルにおいて大きな問題となっている。
店や企業はどのようにして従業員をカスハラから守れば良いのか。

※4 『「カスハラ」労災10年で78人、24人が自殺 悪質クレーム対策急務 – 毎日新聞』
※5 UAゼンセン流通部門調査『悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果(2017年10月)』

カスタマーハラスメントの予防と対策

カスハラへの対応を従業員任せにしてしまうと、店や企業側が実態に気付いた時には問題が大きくなってしまっているリスクがある。
そのため、以下の対策を講じておく必要がある。

●可能な範囲でクレームを出されない工夫を行う

たとえば、特売品の販売を行う場合には、「遠方からわざわざ買いに来たのに売っていない」などのクレームの原因とならないように、チラシやWebサイトには数量や販売時間に制限があることを明記しておくことが必要だ。

●カスハラに対する知識を共有する

どのようなクレームからがカスハラであるのか判断できるために、カスハラの定義を決めて共有しておく。
そのためには、クレーム対応マニュアルを整備したり、社内での研修を行ったりする。また、専門家を招いて講習会を催す。

●従業員が一人で対応しない体制を準備

通常は顧客と従業員が1対1で対応している場合でも、従業員がカスハラであると判断した際にはすぐに上司や本社との連携が取れるように連絡経路を決めておき連絡しやすい環境を整えておく。
また、カスハラかどうかの判断を仰げる相談先や、従業員のメンタルケアのための窓口を設ける。

●カスハラのタイプと対応方法を決めておく

カスハラのタイプごとの対応手順や連絡先の優先順などを決めておき、事態が深刻化することをできるだけ早めに防げるようにしておく。

●毅然とした態度で対応できる様に心がけておく

クレーマーによっては、従業員の低姿勢につけ入り要求をエスカレートさせようとする。これを防ぐために、社会通念上受け入れられないクレームであると判断した場合は、毅然とした態度を取れるように心がけておく。
その上で、必要に応じて専門家の判断を仰いだり、弁護士や警察に相談することも行う。

●証拠を残せる用意をしておく

事態が悪化し、法的な裁定を必要としたときのために、カスハラの実態を記録できる状態にしておく。
具体的には対面や電話での会話を録音できる装置や機能を準備したり、顧客の行動を録画できる場所に防犯カメラを設置するなどしておく。
また、これらの記録装置がない場合は、相手の氏名や発言内容、日時をメモに記録する。

カスタマーハラスメントは弁護士にも相談できる

カスハラに対する対方法で悩む場合に備えて、相談できる弁護士を決めておくと安心だ。
顧問弁護士がいればなおよいが、いない場合は、いつでも相談できる弁護士や法律事務所を予め見つけておくと良いだろう。
また、カスハラにも対応可能な弁護士保険に加入しておくことも検討すれば、相談料の面で安心できる。
最も危険なのは、クレームや顧客対応は従業員や現場に任せておけばよいだろうと軽く考えてしまうことだ。
顧客のクレームには誠実に対応し、改善すべきは改善しなければならない。
しかし行き過ぎた悪質なクレームについては毅然とした対応を行う必要がある。
そのことが従業員を守り、店や企業の健全さを守ることになるだろう。

Published by
地蔵 重樹