コラム

日本人はなぜ、新型コロナウィルスに感染しにくく重症化しにくいのか? 諸説を集めてみた結果……。

新型コロナウィルス感染の第2波が来たと言われ、多くの人が再び緊張と不安を感じているだろう。
しかし、冷静になってみれば、日本の感染者が増加したと入っても、それは検査数の増加によるもので、「感染者数」ではなく「検査陽性者数」が増加しているのだ。
そのため、ほとんどの人が無症状であり、重症者は希である。
そして何より、諸外国に比較すると相変わらず感染者数も死亡者も圧倒的に少ない。
これは不思議な現象だ。
日本が世界でも最も高齢化が進んでいることや、ロックダウン(都市封鎖)などの強制力が強い対策を採用しなかったことなどを考えるとなおさら謎が深まる。

日本の文化が原因か?

よく言われているのが、日本の独特な文化が原因ではないかという意見だ。
すなわち挨拶で握手をしないしハグもしない。そしてキスもしない。あるいは自宅には土足で上がらない、頻繁に手を洗う、そして世界のどこよりも清潔好きだということだ。
しかしそれでは同様に感染者や死亡者が少ない韓国、台湾、香港、ヴェトナム、カンボジア、マカオ、モンゴルなどの説明が付かない。
そこで、現在どのような原因が考えられているのか調べて見た。
なお、本稿で紹介する説はいずれも仮説の段階である。そのため、ここで紹介した仮説を鵜呑みにして「日本人は感染しないから安心だ」と判断するのはまだ早い。
かといって、マスコミの報道に煽られて過度に不安や恐怖心を持つことも問題だ。
しかし、ウィルスは素早く進化することや多様化することを考えると、今は感染しにくいかもしれないが、今後はどうなるか分からないとも言える。
パニックを引き起こさないためにも、正確な情報を集めることが重要である。

世界の感染者数と死亡者数

まず、日本が他国に比べてどれほど感染者数や死亡者数が少ないかを視覚化してみた。
厚生労働まとめた『新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年7月23日版)』(※1)に掲載されている数値から、感染者数上位10位までの国と日本を比較するためにグラフ化してみた。
以下は、感染者数をグラフ化したものだ。

上位10カ国と比較すると、日本の感染者数は桁違いで少ない。
次に死亡者数を比較したグラフだ。

これもまた、日本は桁違いに少ない。
しかし、母数となる人口に差があるのではないか? との疑問が生じる。
そこで、感染者上位10位までの国と日本の、人口10万人あたりの感染者数を算出してをグラフ化してみた。

やはり日本は桁違いで少ない。米国の僅か約1.8%だ。
同様に感染者上位10位までの国と日本の、人口10万人あたりの死亡者数をグラフ化してみた。

結果は同様で、米国の約1.8%となっている。
これだけの極端な違いを、握手やハグをしないことで説明することには無理があるだろう。
ただ、ひとつ留意しなければならないのは、検査数の母数の違いまでは反映していない結果だということであることをお断りしておく。

※1 厚生労働省『新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年7月23日版)』

日本は対策面では他国よりも遅れたにも関わらず感染者が少ないのはなぜか

しかも、日本は諸外国に比べて新型コロナウイルスへの対応が遅れた。
中国の武漢で感染がピークとなり、各国が中国からの渡航者の入国拒否を行っていた2月に、日本では春節を迎えた中国人の来日を商機と捉えて彼らの入国を受け入れていたのだ。
このことだけでも、日本こそ世界でも最も多くの感染者や重症者が出てもおかしくなかったのだ。
そして4月になってようやく緊急事態宣言を出したが、実はこのときは既に国内感染者のピークは過ぎて下り始めていた。しかも緊急事態宣言は諸外国のようなロックダウンではないし、罰則も設けなかった。
そして前述したように、我が国は高齢者社会である。
しかし、既にグラフで見た様に、日本はこれらの対策の遅れの影響を受けていないように見える。

日本人は罰則がなくても社会的制裁が怖くて自粛する?

ロックダウンをしなくても、日本人には社会的制裁を恐れて事実上のロックダウンを実現したことが理由ではないかという説がある。
日本ではロックダウンが実施されなかったので強制的に飲食店などを閉鎖することはなかったが、国民に感染拡大の責任を負いたくないというリスク回避の心理や社会的制裁を恐れる心理が働いたことで事実上のロックダウンが実現していたというのだ。(※2)
また、日本人は1919年に起きたインフルエンザのパンデミック(俗にスペイン風邪)をきっかけにマスクを着用する習慣ができ、風邪の症状が出たらすぐにマスクを装着して周囲の人に感染しないようにする習慣を持つようになったことも、今回の新型コロナウィルスの感染拡大を防いだのではないかという考えもある。(※3)
しかも日本人は今回、徹底的に「3密」を避ける行動をした。これは職場やスーパーなどの至る所で実施されたため、感染拡大を押さえ込むことに寄与したのではないかという。(※同上)
しかし、これらの理由では、入国制限などの対応が遅れたことや、緊急事態宣言を出す前にピークが過ぎていたことの説明が難しいだろう。
もっと、医学的・疫学的な理由があるのではないだろうか?

※2 『日本の新型コロナ対策:「ロックダウン」なしに感染拡大が抑えられた理由とは | nippon.com』
※3 『【解説】 なぜ日本では新型コロナウイルスの死者が不思議なほど少ないのか – BBCニュース』

日本人は既に類似のウイルスに感染していた?

そこでここからは、医学的・疫学的な面からの仮説を紹介していきたい。
まず、日本人やアジア諸国の人々は、既に今回の新型コロナウィルス(COVID-19)に似たウイルスに感染した経験があり、「歴史的免疫」を有していたのではないかという説がある。
東京大学の児玉龍彦名誉教授によると、人のウイルスに対する抗体にはIGMとIGGの2種類がある。
初めて感染したウイルスに対してはIGMが反応し、その後でIGGが反応する。しかし2回目の感染ではリンパ球が記憶しているためにIGGだけが反応するというのだ。
ところが新型コロナウィルスで陽性とされた日本人を検査したところ、IGGが素早く反応し、IGMの反応が遅れたという。
これは、過去に非常に似たウイルスに曝されたことを示しているらしい。
そして児玉氏は、このウイルスが中国や韓国、台湾など東アジアの一部で広がった可能性を考えているという。

【参考】 『【解説】 なぜ日本では新型コロナウイルスの死者が不思議なほど少ないのか – BBCニュース』

アジア系は感染しにくい?

一方、人種により感染の仕方がことなるのではないかと考えている人もいる。
東京医科大学教授/東京医科大学病院渡航者医療センター部長の濱田篤郎氏は、人種に注目している。
世界の人種はコーカソイド、ネグロイド、モンゴロイド、オーストラロイドの4種類だ。このうち、モンゴロイドである黄色人種に感染者が少ないのだ。
となると、東アジアや東南アジア以外にいるモンゴロイドの感染状況が気になる所だ。
そこで濱田氏は現在もっとも感染が拡大している米国ニューヨーク市が公開している人種別の感染状況(※4)に注目した。(※5)
2020年4月16日までの未入院(Non-hospitalized)の感染者10万人あたりの頻度がアフリカ系(Black/African American)335.5人、ヒスパニック系(Hispanic/Latino)271.6人、白人(White)190.4人であったのに対し、アジア系(Asian)が95.1人と断トツで少なかったのだ。
ニューヨークの場合はアジア系の人口が少ないということを考慮しても、やはり差がはっきり出たと言うべきか。
アジア系に感染者が少ない理由について、浜田氏は2つの理由を疑っている。
1つは、モンゴロイドには新型コロナウィルスが侵入する気道表面の細胞のACE2という受容体が少ないかもしれないということだ。子どもが感染しにくい理由もこの受容体が少ないからではないかというデータがあるという。
2つめは、前出の児玉氏と同様、モンゴロイドが過去に新型コロナウィルスと類似のウイルスに感染したことで「交差免疫」を持っているのではないかということだ。
ただ、いずれにしてもより長期間の流行状況を見なければ、これらの理由が正しいかどうかは分からないとしている。

※4 The Official Website of the City of New York『COVID-19: Deaths, race, ethnicity』
※5 『日本人は「新型コロナウイルスにかかりにくい」のか? | メディカルノート』

日本人には既に集団免疫ができていた?

いやいや、それほど過去の出来事ではなく、そもそも日本人には新型コロナウィルスの集団免疫ができていたのだという説もある。
以下に紹介するのは京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授と、吉備国際大学(岡山県)の高橋淳教授らの研究グループの見解だ。(※6)
それによると、新型コロナウィルスにはS、K、Gの3つの型があるのだという。
これらは順にまずS型が発生し、K型に変異した。そしてG型に変異して最も感染力を強くしている。
S型は無症候性が多い弱毒ウイルスで、K型も無症候性か軽症だが、G型は重症化しやすい。
ここからが絶妙のタイミングの話になる。
まず、欧米諸国は中国からの渡航を素早く全面的に制限した。その結果、S型が蔓延したがK型の流入は防ぐことができた。
一方、1ヶ月ほど対応が遅れただけでなく春節の旅行者まで受け入れてしまった日本には多くの中国人が来日してしまった。
その結果、日本にはK型が流入してしまったと考えられるのだ。そのことにより無症候か軽少なK型に対する集団免疫ができた。
ただし、K型に対する集団免疫が54.5%だったため、G型の集団免疫となる80.9%に足りない26.4%は新たに感染してしまうことから、日本にも一時的にG型の感染流行が生じたとされる。
一方、悲惨だったのはS型が蔓延してしまった欧米だった。実はS型にはG型の感染を予防する能力が乏しい。それどころか、S型には抗体依存性免疫増強(ADE)効果があるらしいのだ。
ADEが起きると、ウイルスが抗体の助けを得て細胞内に爆発的に感染していくという。
そのため、欧米ではG型の感染による重症化が起きてしまったと考えられる。
つまり、日本は対応が遅れてしまったことでK型が蔓延してしまい、却ってG型に対する集団免疫ができたというのだ。
一方、台湾やオーストラリアでは入国制限が早かったが、中国との関係が深かったために入国制限直前に大量のK型が流入したのではないかという。
この説は興味深い。
しかし、ここで疑問が生じた。それはならば、どうして欧州でもポルトガルやポーランドでは死亡者が少ないのか? また、以下の表ではドイツも少ないのはなぜか?

※6 『世界がモヤモヤする「日本の奇蹟」を裏付ける…国民集団免疫説…京大教授ら発表 死者数がここまで少ないのはなぜ (6ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)』

実はBCGこそが、感染を抑え込んでいる国々に共通だった!

さて、日本をはじめとするアジア諸国と、ポルトガル、ポーランドに何か人種を越えた共通点はないのだろうか。
それが見つかった。BCGの摂取推奨国であるということだ。
BCGは結核予防のワクチンだ。日本では9本の針が正方形に並んだスタンプ注射で生後1歳未満への接種が義務付けられている。
欧州のほとんどの国では現在、BCG接種が義務付けられていないが、ポーランドとポルトガルでは接種が行われていたのだ。
それではドイツは?
実はドイツでは現在はBCGの接種が行われていないのだが、1998年までBCGの接種が行われていた。
これについては東北大学大学院医学系研究科の大隅典子教授が興味深いことを指摘しているので文藝春秋digitalより以下に引用する。

BCGワクチンには、フランス株、デンマーク株、ソ連株、スウェーデン株、東京株などいくつかの種類がありますが、最初にフランスのパスツール研究所で作られた大本のワクチンから枝分かれするごとに「亜株」とされ、効果も弱くなると言われています。
今回の新型コロナに関して見てみると、ドイツで非常に興味深い現象が起きていることがわかります。ドイツでは1998年まで、旧東ドイツではソ連株のワクチンを、旧西ドイツでは西欧株のワクチンをそれぞれ使っていました。5月20日付けで旧西ドイツ側の人口100万人あたりの死亡者数が108人であったのに対し、旧東ドイツ側は46人でした。もちろん、ベルリンなどの都市部での死亡者が多いことや、医療格差、移民の問題も背景としてありえます。実は、日本で使われている東京株もソ連株に近く、大本のワクチンに近いことが知られています。

引用元『「ファクターX」を追え! 日本人のコロナ死亡率はなぜ低い?|文藝春秋digital』

しかし本来結核予防のはずのBCGがなぜ新型コロナウィルスに対する抵抗力を高めることができるのか?
このことについても大隅教授が4月13日付けの『ダイヤモンド・オンライン』で解説していたので、以下に要約してみた。(※7)
実はBCGが結核予防以外の効果も持ていることは以前から知られていたようだ。特に呼吸器官系に効果があり、成人期以降の肺がんの発生リスクや膀胱がんの発生リスクを抑えているという報告もあるという。
このように本来期待されている疾患以外にも予防効果があることを「オフターゲット効果」と呼ぶ。
免疫には2つの仕組みがある。
1つは「獲得免疫」で、血液中のT細胞やB細胞などの免疫系細胞が病原体を記憶し、次回の進入に備えて抗体を作り出す仕組みだ。
もう1つは「自然免疫」で、予め生体に備わっているマクロファージやナチュラルキラー細胞などの免疫系細胞がサイトカインという物質を分泌して未知の病原体に対応する。
BCGを接種すると、この「自然免疫」を刺激するらしい。この効果を研究したオランダの研究グループでは、自然免疫をパワーアップするこの効果を「訓練免疫(trained immunity)」と呼ぶことを提唱している。

※7 『コロナにBCGは「有効」なのか?東北大・大隅教授が緊急解説 | Close Up | ダイヤモンド・オンライン』

大人がBCGワクチンを慌てて接種してはいけない

このBCGの「オフターゲット効果」や「訓練免疫」を活かして新型コロナウィルスのワクチンを開発するという動きが各国で始まっている。
日本でも新潟大学の松本壮吉教授の研究チームが、東京大学医科学研究所(東大医科研)、国立感染症研究所(感染研)、日本ビーシージー製造との共同研究で2021年3月までにワクチンの開発を目指す。(※8)
しかしここで注意しておきたいことがある。
BCGに「オフターゲット効果」があるからといって、慌ててBCGの接種を受けてはいけない。実際、既にBCGの「オフターゲット効果」が注目されるようになったことから、医療機関に接種希望者が問い合わせを始めているようだ。
このことに対して日本ワクチン学会が留意すべき点を纏めているので引用する。

・「新型コロナウイルスによる感染症に対してBCGワクチンが有効ではないか」という仮説は、いまだその真偽が科学的に確認されたものではなく、現時点では否定も肯定も、もちろん推奨もされない。

・BCGワクチン接種の効能・効果は「結核予防」であり、新型コロナウイルス感染症の発症および重症化の予防を目的とはしていない。また、主たる対象は乳幼児であり、高齢者への接種に関わる知見は十分とは言えない。

・本来の適応と対象に合致しない接種が増大する結果、定期接種としての乳児へのBCGワクチンの安定供給が影響を受ける事態は避けなければならない。

新型コロナウイルス感染症に対しては、現時点までに蓄積された科学的知見をもとにした対応がなされていくことが第一義であると考えます。これと並行して、治療薬の開発、予防のためのワクチンの開発が早期に進むよう、本学会としても果たすべき役割を認識するところであります。

引用元:日本ワクチン学会『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するBCGワクチンの効果に関する見解【2020.4.3 Ver.2】』

マスコミは恐怖心を煽りすぎだ

ここまで観てきたとおり、どうやら現段階の新型コロナウィルスに対しては、日本人の感染率や死亡率は極めて低い。
そこで我々は冷静になる必要があるだろう。
しかしテレビなどのマスコミは連日感染者数ばかりを取り上げては視聴者の恐怖心をお煽っている。
その結果、感染者に敵意を持ったり、自粛警察やマスク警察などの過剰な反応を示す人たちも登場している。
また不安を募らせた人が押しかけて医療機関に混乱が生じたり、飲食店などの店舗の営業に支障を来したりしている。
挙げ句の果てには経済全体に大きなダメージを与えてしまっているのだ。
人は「分からない」物事に恐怖を抱きやすい。
だから今は、冷静になって新型コロナウィルスに関する最新情報を、マスコミからの受け身ではなく、自ら集めて分析する必要があるのではないだろうか。

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Published by
地蔵 重樹