アゼルバイジャンとアルメニアの間で大規模な戦闘が起きました。
銃だけでなくヘリやドローン、戦車等がすでに出動し、いろいろな施設が破壊されているとのことです。
戦闘員だけでなく民間人にも被害が広がっており、アゼルバイジャンでは「厳戒令」も出ています。
近年見ることのなかった「厳戒令・総動員令を伴う戦争」ということで話題になっていますし、「SNSで政治家が戦略的発信を行う」という現代ならではの光景も注目を浴びています。
しかしそもそも「アルメニア」「アゼルバイジャン」という国に馴染みがない人のほうが多いのではないでしょうか。2国がどういう国で、何故このような自体に至ったのかまとめてみました。
(※なるだけ信頼できる情報源から抽出を行いましたが、現在どちらの国も「自国に優位な情報を発信しようとしている」特異な状況です。歴史上行われてきたプロパガンダがSNSやネット上で飛び交う形になっていますので、情報の収集・拡散には注意を払ってください)
両国の位置はアジアとヨーロッパの間にあります。どちらの国も旧ソ連を構成していた国の一つです。
イランの北・トルコの東、と聞くと、紛争の多い地域のイメージを持たれる方がいらっしゃるかもしれません。実際に今回の両国間にも色々と対立の歴史があります。
アゼルバイジャン領内に「ナゴルノ・カラバフ(Nagorno-Karabakh)」という地域があります。
この地域は、BBCの記事内で「アゼルバイジャンの一部として国際的に認められている」と書かれている通り、多くの国の地図上でもアゼルバイジャンの一部として認識されています。
しかしながら、アルメニア人が多く移住しており、実際的に支配しているのはアルメニア人です。
(ちなみにアルメニアの南西にも、アゼルバイジャン本土とは切り離されたアゼルバイジャン領があります)
そのような歪な状況から今回火が付き、戦闘が起きました。
両国間で「ナゴルノ・カラバフ」をめぐり紛争がおきたことは、これが初めてではありません。
かなり端折って書きましたが、1項目1項目の中にも、「民間人の死傷」「難民発生」「レイプ・残虐行為の噂」「虐殺」等、多数の争いが起き、死者数は3万人以上、避難民は100万人以上と言われています。
なので、「これまでずっと平穏だった国同士がいきなり戦争を初めた」訳ではなく、「100年近く争ってきた火種が再燃した」という方が近いです。
上記のような領土問題以外でも、数々の軋轢を深める要因がアルメニア・アゼルバイジャン間にはあります。
例えばアゼルバイジャンでは主としてイスラム教シーア派が信仰されており、アルメニアでは主としてキリスト教が信仰されています。
宗教論争もこの二国間の衝突を深めてきました。
またアゼルバイジャンは2000年代で世界有数の産油国でした。一時は「第二のドバイ」と呼ばれ、好景気に沸きました。
2010年には早くも減産に入りましたが、未だトルコにパイプラインが通っており(バクー・トビリシ・ジェイハンパイプライン)、1日あたり100万バレルを流すことが可能です。
(ちなみにこのパイプラインの株主には、日本の伊藤忠商事も3.4%含まれています)
このパイプラインは、各国の思惑が交錯し合う相当複雑な状況にあります。
設立時、アメリカ政府としてはロシア・イラン等が影響を及ぼすことを恐れたため、この2国がルートに入らないことが望ましい状況でした。結局は米国の願望が通ったのですが、この理由によりロシアもイランも、そしてもちろんアルメニアも通らないようなルートをパイプラインは通っています。
ここまでの情報だけでも、十分すぎるほど紛争の要因が詰まっているように見えますが、更に周辺国・大国の思惑が絡まっています。
といっても、今の所旗幟を明らかにしているのはトルコだけです。
先程述べたとおり、アゼルバイジャンからトルコにはパイプラインが通っていますし、アルメニアとは「アルメニア人虐殺」というオスマン帝国時代からの軋轢があります。
トルコ外務省は「アルメニア軍が国際法に違反し、民間人を巻き込んだ攻撃をしている」として強く非難。すでに「自由シリア軍」を編成し、アゼルバイジャンに派遣されるとの情報もあります(注意:序盤にも述べたとおり戦時の情報です。信憑性には注意してください)
記録によると、アゼルバイジャンには27日から30日の間に1000人の”自由シリア軍”がトルコから送られるとのことです。私も複数の情報源から、既に到着していると聞いています
あまりに素早く支援を表明したため、「トルコは事前に計画していたのでは?」という疑いの目も向けられています(噂レベルです)
オイルマネーのあるアゼルバイジャンと、アルメニアの60倍以上のGDPを持つトルコに挟まれ、アルメニアには未来がないようにも見えますが、同国には「集団安全保障条約」と呼ばれる条約があります。
集団安全保障条約機構の目的は、条約加盟国の国家安全保障、並びにその領土保全である。ある加盟国に脅威が発生した場合、他の加盟国は、軍事援助を含む必要な援助を提供する義務を有する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E6%9D%A1%E7%B4%84
この「集団安全保障条約」には「ロシア・アルメニア・ベラルーシ・カザフスタン・キルギス・タジキスタン」が加盟しています。……加盟国を見ても分かる通り、ロシアが主導している安保体制です。
上記の文にもある通り、もし加盟国に脅威が生じた場合は、援助する義務があります。
しかしながら、現状ロシアはアルメニアへの支援を表明するのではなく、アゼルバイジャン・アルメニア両国に対し停戦の要求を行っています。
ロシアが参戦してしまえば、戦争はいっきにエスカレートしますし、正直なところ参戦することのメリットより、エスカレートするデメリットのほうが大きい印象を受けます。
ロシアが動くならば、アメリカも黙ってみている訳には行きませんが、ひとまずはロシアと同じく「戦闘停止の方策を探っている」との姿勢を示しています。
そもそも「アメリカがどちらの肩を持つのか」という点はかなり微妙です。
パイプラインの株主はアメリカ企業が12%を占めているため、アゼルバイジャンよりという見方もありますが、アメリカ国内には「アルメニア系アメリカ人」が最低50万人以上(中には150万人いるという推定も)存在し、コミュニティを形成しています。
大統領選を控えた今、コロナやBLMの問題に加えて、アルメニア系アメリカ人の反発を招きたくはないでしょう。
日本政府は、今回の紛争について現時点では談話を出していません。
ただし、7月12日に両国間で起きた衝突(アゼルバイジャンで12名・アルメニアで4名が死亡)に対しては、すべての当事者に軍事行動の停止を求めています。
我が国は、アルメニアとアゼルバイジャンの国境地帯において最近発生した軍事衝突とこれに伴う人的被害の発生に懸念を表明するとともに、全ての当事者に対し、軍事行動の停止と最大限の自制を求めます。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_005166.html
こういった書き方は何ですが、現状、日本に対して特段の影響はありません。
アゼルバイジャンからの輸入は4.9億円にとどまっており、その多くはアルミニウム等の金属です。
ただし戦争がエスカレートすれば状況はわかりませんし、パイプラインが原因で原油のパワーバランスがどのように変化するかもわかりません。
今回の戦闘で特異な点は、SNSが広く用いられている点です。
両国の組織や政治家が、民衆や各国にアピールするためSNSを積極的に用いています。
政府の決定により、アルメニア共和国では戒厳令と総動員が宣言されています。私は軍隊に所属している者に地区委員会に出頭することを求めます。
祖国のために、勝利のために。
そして中には「敵軍がこんなに残酷なことをしている」と、衝撃的なビデオを貼り付けることがあります。こういった中には本物もあるでしょうか、偽物も多く含まれています。プロパガンダとして組織的に行うこともあれば、誰かが注目を浴びたくて貼り付けることもあります。
何故このような戦争が起きているのか、
先にまとめたとおり、両国の間にはひどく血に塗れた歴史が横たわっています。
そういった歴史の先で起きた戦争を、SNSの印象一つで判断するべきではないでしょう。
この戦争が早期に集結するのか、複数の国を巻き込んでエスカレートするのか、まだわかりません。しかし、とにかく今はフラットな見方を心がけ、情報に踊らされないことをおすすめします。
そして何より、早期の解決を祈ります。
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簡潔で分かりやすい内容と、流言飛語やプロパガンダへの注意を記すなど良い記事でした。
人的資源の浪費でしかない。
いつまでも過去に縛られてる愚かな連中だ
取り巻く環境や歴史が概観されており、わかりやすい記事でした。