イヤホンの世界は底無しで有名だ。「イヤホンスパイラル」「イヤホン沼」などと呼ばれ、一度手を出すと「もっと良いものがあるのでは」「新製品が気になって仕方ない」などという、一種の病気とも言える状態へと突入してしまう。
今回はそんな沼にハマって10年強、上はハイエンドイヤホンから、下は3千円の電気屋さんで気軽に買えるものまで、6桁万円単位でイヤホンに費やしてきた筆者が、実際に買って本当に良かったと思えたものだけを紹介する。
ここで重要なのは、今回紹介するイヤホンは、「音質」はもちろん、「コスパ」「使い勝手」「質感」など、買うにあたり絶対外せないと思われるポイントをしっかりと押さえていて、それらのバランスが取れたものを厳選したという点だ。当たり前だが、お金を出せばそれだけ良いものが手に入る。だが、実売2万円以下という価格帯でいかに良いものを作れるか、そこはメーカーの腕とセンスが光る部分であり、「良い買い物をした」という、買い手の「満足感」に直結する部分でもあると筆者は考え、今回のテーマを選んだ。
また、現在は廃番になってしまっているものも含めたのは、かつてイヤホン界を「名品」として席巻した製品を紹介したいという意図がある。気になった方は、ぜひ探してみて欲しい。
発売日:2019年10月25日
最低価格:12,790円(eイヤホン)
Ankerは中国に本社を置く、Google出身の若者達によって2011年に設立されたエレクトロニクス・ブランドである。スマホ関連製品のAmazonでのレビューが非常に高く、筆者もモバイルバッテリーやケーブルなどを愛用しているが、正直なところ「安くてコスパの良い製品を出してくる良心的なブランド」という認識であり、オーディオブランドとしてはまだまだだと思っていた。
ところが、このSoundcore Liberty 2 Proは、実売価格1万円超という、老舗オーディオブランドの高価格帯と肩を並べる価格設定であり、発売当初かなり驚いたのを覚えている。そしてもっと驚いたのが、オーディオを扱うサイトにこのモデルが次々と登場したことだ。ワイヤレスイヤホンのおすすめ◯選、といったネットの記事に、JBLやソニー、BOSEと並んでこの製品が紹介されていた。Amazonでも次々と満点のレビューが続き、さすがに買わないわけにはいかなくなった。
買ってまず感心したのは、音の広がり、いわゆる「音場感」の広さである。イヤホン沼でよく聞かれる言葉に「頭外定位」というものがあるが、これは「頭蓋骨の中に音がこもるのではなく、頭の外側に音が広がるように聞こえる」ことを指す。特にカナル型イヤホンではその構造から実現が難しいため、「良いイヤホン」の一つの基準とされる。その「頭外定位」が、この製品でもしっかりと実現されている。広がり方としては、耳の少し外側から後頭部にかけて広がるような形だ。前には行かず、横から後ろが覆われるような感覚である。ボーカルが鼻先で歌うような前方への広がり、あるいは横に広い音場感が好きな人には物足りなさがあるかもしれないが、この価格帯でこれだけの広がりを実現できているのはかなりポイントが高い。
次に、音のバランス。これも、安価なイヤホンでは不自然な重低音の強調、中高音がもっこりと持ち上げられた「かまぼこ型」、逆に低音と高音を強調した「ドンシャリ型」のどれかに偏りがちだが、本製品は不自然さを感じさせることなく、バランスよく低音から高音まで素直に鳴らしてくれる印象だ。特に、ハードロックのような低音が塊になって飛び込んでくるジャンルだと、この製品の力量がよく分かる。ディストーションのかかった重低音の鬼のような曲を再生しても、音が渋滞することなく、音圧を伴って迫力十分に鳴らし切ってくれるのには脱帽した。かといって高音が弱いということもなく、女性ボーカルものでもしっとりとした空気感をしっかり聞かせてくれる。この余裕はかなり高評価だ。
そして、音の解像度。これも申し分ない。さすがに3万円を超えるBOSE、Ultimate Ears勢に比べるとそれなりに甘さはあるが、モニタリング用途でもない限り、これだけはっきりと音を拾ってくれれば十分以上だと言って良いだろう。
さて、音質についてはこのくらいにして、使い勝手はどうだろうか。
まず質感から見てみよう。ケース、本体ともに、Ankerらしいシンプルさが光るデザインとなっている。ケースはややしっとりとした触感で、滑りにくくしっかりとグリップできるところが評価できる。スライド式に開く蓋の動作は指で押すとスルッと開いてくれる独特の感覚が気持ちよく、そんなところも手を抜かずに作ってあるなと感じさせる。本体のデザインは、可もなく不可もなくと言ったところか。シンプルなつくりで、特段派手さや高級感を押し出したものではない。
使い勝手は、こちらも過不足なく、必要十分といった印象。最初にペアリングをしてしまえば、それ以降は蓋をスライドして開けると自動的に繋がってくれる。その時点でバッテリーの残量をアナウンスしてくれるのもありがたい。バッテリーの持ちは公式で32時間(充電ケース使用時)と、毎日の通勤で往復2時間使用しても、2週間以上は持つ計算だ。通話もボタン一つで切り替えられ、声を拾わないということもなく、問題なく使えた。
今や巷には山ほどワイヤレスイヤホンが溢れており、各社しのぎを削る中で、この価格でこの品質を実現したのは、さすがAnkerと言えるだろう。
発売日:2015年9月18日
最低価格:17,800円(AARON)
一昔前までは、BOSEといえば低音ばかりのドンシャリイヤホンというイメージがあったのだが、そんな筆者の偏見をひっくり返してくれたのが本製品である。
まず、とにかく音が良い。一にも二にも音が良い。素直にそう思える一品だ。音場感も広く、耳から頭の上を覆うような広がり方をする。解像度も申し分ない。低音、中音、高音どれに偏ることもなく、素直に鳴らしてくれる。余計な味付けはなく、語弊を恐れずい言うならば、音楽を楽しむというよりは、モニタリングに近い、原音に忠実な再生をしてくれる。こんなにたくさんの音が鳴っていたのか!と思わせてくれる、そんな仕上げになっている。音漏れのレベルは、静かな部屋で側に寄ってようやく分かる程度。外ではかなり音量を上げても音漏れはまずしない。その反面、遮音性の良さゆえに、音楽を聴きながら電車に乗っていると車内アナウンスは聞こえないのでそこは注意が必要だ。日常生活で音楽に没頭するにはこれ以上ない製品と言っていい。
また、この製品で初めてマイク付きのイヤホンというものを使用した筆者だが、その便利さに舌を巻いた。通話できることそのものも便利であるが、リモコンの便利さは一度経験したらもうなしではいられない。
これも一昔前の話だが、BOSEはよく断線するという話だった。しかし、通算3年以上ほぼ毎日使用して、ただの一度も断線しなかったのは、BOSEも品質向上に余念がないということの現れだろう。
唯一残念だったのは、タッチノイズがそこそこ気になるレベルで聞こえることだ。有線イヤホンの宿命なのかもしれないが、ここはもうひと頑張りして欲しいところだった。
デザインについてはいうまでもなく、さすがはBOSEである。シンプルながらも無駄のない美しさ、絶妙な配色、機能性とデザイン性を兼ね備えており、耳へのフィット感も文句ない。コードはY字型で、これは好みの部分だが、筆者は特に不便は感じなかった。ケースは小さなポーチ型で、やや高級感には欠けるが実用性としては必要にして十分だ。
総合して見れば、堂々のBOSEクオリティを手に届く価格で実現した、非常な良品と言える。
発売日:2007年9月28日
最低価格:廃番(参考価格:14,700円…ヨドバシカメラ)
これは、筆者にとって初めての「1万円超」のイヤホンであり、イヤホン沼の扉を開いてくれた一品だ。当時「3スタ」と呼ばれて親しまれた、名品である。
Ultimate Earsには当時このほかにSuper.fi 5 Pro、Super.fi 10 Proと上位機種があり、それぞれ「5プロ」「10プロ」と呼ばれていた。価格面では5プロが3万円強、10プロに至っては5万円弱とかなり高価格であったため、かなりのオーディオマニアでなければ手が出せない、憧れの製品だった。その点、3スタはカスタムイヤモニター業界で8割という驚異的なシェアを持つUltimate Earsのプロ向けクオリティを1万円そこそこで手にできる、まさに夢のような製品だったのである。
本製品をまず特徴付けるのは、そのケーブルだろう。脱線してもリケーブル可能な脱着式で、耳の上部を通して装着するためにワイヤー入りで(ここが、本製品を「イヤホン」ではなく「イヤモニター」だと感じさせてくれる)、「普通と違う」という雰囲気を十分に押し出している。
次に音質だが、その素晴らしさたるや、まさにこれまで体験したことのない世界だった。「スタジオ」の名にふさわしく、音の粒を1つも逃さず、例えるなら近眼の人間が眼鏡をかけたように、これまで自分が聞いていた音楽が実はこれほどの音が鳴っていたのだと驚かされるほどに音像がくっきりと鮮明になる。
現在は後継機種にその座を譲り、デザインもコンパクトに、洗練されたものになってしまったが、筆者としてはこの3スタのいかにも「イヤモニター然」とした、無骨でプロユースの雰囲気を纏ったデザインがなくなってしまったのは惜しい限りだ。
発売日:2013年2月20日
最低価格:廃番(参考価格:2,680円…ヨドバシカメラ)
ここへ来ていきなり廉価になったので驚かれるかもしれないが、安イヤホンと侮るなかれ。この製品、目隠しして視聴すれば到底3千円を切るとは思わないだろう。もし私が3千円以下でコスパの良いイヤホンを教えてくれと言われたら、間違いなくこちらを勧める。
3千円と思えないポイントその1はその音質である。さすがに静かな部屋で1万円超の製品と比較すれば聞き劣りはするものの、その音場感、解像度はこの価格帯でよくぞここまで頑張ってくれたと思わせる。外で歩きながら、電車に乗りながらであれば、正直なところこの2倍の価格帯の製品と比べてもいい勝負ができるだろう。
ポイントその2は外観だ。シンプルにブラック/レッド・ホワイト/パープル・レッド/ブラックの3バリエーションでまとめており、いずれも全く安っぽくない。
残念ながら本製品は現在は廃番になってしまっているが、後継のMXH-RF550はハイレゾ対応で実売7千円弱とこちらもかなり良品と思われる。筆者は未所持のため今回の選抜からは外したが、気になった方は是非チェックしてみて欲しい。
発売日:2017年1月26日
最低価格:9,980円(Amazon)
こちらは訳あって5位になった。というのは、現在は生産終了になっており、その人気から、市場での実売価格が2倍以上に跳ね上がってしまっているからだ。筆者の購入価格は、確か4千円程度だったと記憶している。その値段であれば、3位に入れても良かったほどの実力ある製品だった。
このシリーズは初代のSHE9700から非常に人気を博しており、通称「97(キューナナ)」と呼ばれて愛されてきた。本製品はその3代目で、シリーズ初のハイレゾ対応ということで注目を集めた。97シリーズはそのコスパからファンが多いが、3代目となる本製品も期待通り、安定した品質を提供してくれた。
音質はこの価格帯では最高と言っていい。解像度、低音から高音までのバランス、余計な味付けのない素直な再現性、どれをとってもライバル機の頭一つ上をいくイメージだ。
コスパを考えると弱みらしい弱みのない本製品だが、一つだけ挙げるならばデザインがややチープか。これはその分音質にコストを割いていると考えれば我慢できない範囲ではない。また、ケーブルがネックチェーン(首の後ろを通すU型のケーブル)なのは好き嫌いが分かれるところだろう。
以上、筆者の本当にお勧めできるイヤホンを5つ、紹介してきた。
イヤホン沼とは実に奥が深い(沼だから底がないと言うべきか)ものである。今でこそスマホの普及で気軽に音楽が持ち運びでき、いちいちダウンロードしなくても、ストリーミングサービスで聞きたい曲をその場で探して聞くことが可能になった。だがそれこそ筆者が初めて自分のバイト代でイヤホンを買った十数年前には、まだ外で音楽を聴くにはウォークマンなりに予め音楽を転送しておくか、信じられないかもしれないが、ポータブルCDプレイヤーを持ち歩いて、CDを何枚もカバンに入れていたこともあった。つまり、それだけ「外で音楽を聴く」ことは気合いのいることだったのだ。
その分、当然機器にもこだわった。中でもイヤホンは外出先での音楽ライフのクオリティを直接左右する重要なアイテムであったから、音楽好きにとってはウォークマンあるいはポータブルプレイヤーに付属するイヤホンからの買い替えはほとんど常識と言って良かった。それでも学生だったり新入社員の少ない予算で買えるものには限界がある。だから自然と、いかに安くて良いものを見つけるか、ということが至上命題になった。それは次第に、「安くて高コスパなイヤホン」を手に入れたときの、「いい買い物をした!」という満足感へと繋がっていった。
有名ブランドの高価な製品がいいのは当たり前であって、あっと驚く喜びや、期待をいい方へ裏切ってくれたときのなんとも言えない快感はそこにはない。だからこそ、聞いたことのないブランドでも「いいらしい」と聞けば色々と手を出したし、それがワクワクさせる要素でもあった。もちろん、時には(しばしば)失敗もある。レビューでは絶賛されていたのに、実機を購入したら大したことがなかったりなどというのは日常茶飯事だ。都心に出る機会があれば、オーディオ専門店で試聴してから買うのが最も懸命な方法だが、そこまでする余裕のない私には、ネットでのレビューだけが頼りだった。それだけに、失敗を繰り返し、本当にいいものを掴んだときの喜びはひとしおだった。そんなことをしているうちに、「安くて良いものを」探しているはずが、結局イヤホンに費やしている金額は相当なものになっていったが、その頃にはもうそれが趣味になってしまっていて、アタリもハズレも全て自分の経験値だと思えるようになっていた。
今は当時に比べれば遥かに情報量も、製品の選択肢も増えた。だが、その分良いものを探すのは困難になっている。筆者の知見が「買って後悔しないイヤホン選び」の一助になれば幸いである。