新型コロナウイルス(COVID-19)が世界で猛威を奮い始めてから四ヶ月余が経過しました。コロナ禍は経済活動だけでなく、人々の働き方や暮らしなど根本的な価値観を大きく揺るがしています。2020年5月末時点のデータやモデルをもとに、コロナ禍後の経済・ライフスタイル・観光・政治・教育などの中長期的な社会情勢の変化をみていきます。
【前提1】日本の現状
海外諸国と比較すると、日本は”中くらい”であるのが現状です。
広く指摘される通り、各指標は欧米諸国の猛烈なスケールに比べ少なく、とりわけ死者数が少ないことが注目を集めています。理由としては遺伝子型・衛生習慣・ウイルス型の差、BCG接種の有無[1]、集団免疫の獲得[2]などが列挙され、複数要因も考えられます。一方で、台湾・中国・韓国・オーストラリアなどアジア周辺国は少なくとも一時的な収束へ向かい、日本よりも明らかに良好です。
各国で状況が異なる主因は、徹底したクラスター対策やデジタル監視などの政府の対応方針や医療キャパシティの差にもあります。ブラジルやスウェーデンは経済優先や独自路線を貫いた結果、感染者数が増加傾向ですが、医療設備が乏しいロシアなどでは急増しています。このように「命か経済か」の手綱は国家の経済規模や医療レベル、哲学に大きく左右されています。
疫学的動向を知る初発の抗体検査(5月)では、日本の都市部の陽性率は1%未満にとどまりました。潜在的感染者は検査報告より約10倍多いとはいえ、ドイツやアメリカで得られた5-15%よりは少ない数値で、今後日本で新たな感染拡大が起こる可能性も示唆しています。
【前提2】歴史的・予防医学的な予測
未来を知るには過去の歴史から学ぶことも大切です。かつて世界中にパンデミックを巻き起こした感染症はどのようなタイムスパンで終息したのでしょうか。
幕末に黒船がもたらしたとされるコレラは第一波到来から第三波の収束まで約4年を要しました。また、日本でも多数の犠牲者を出した約100年前のスペイン風邪は収束に3年を要し、致死率が最も高かったのは第二波でした。季節でみると秋~冬シーズンの流行が多く、本格化・強毒化する傾向があります。したがって歴史的には第二波・第三波到来の可能性は高く、また強大ではないにせよ感染拡大と緩和を繰り返し、当面収束しないというのが主な論調です。
アルベール・カミュ『ペスト』では封鎖解除後に油断して外出した人々が第二波を喰らう様子が描かれていますが、緊急事態宣言解除後15-35日で感染者数は元に戻るという国内予測もあります[3]。それを裏付けるかのように、緊急事態宣言やロックダウン解除後の北海道における感染者再増加や、ドイツにおける実効再生産数の再上昇、韓国でのクラスター再発の事例があり、直ちに収束することは考えにくいでしょう。
数多の予測が存在する場合、厳しい予測を元に行動原理を立てる方が経済合理的です。本稿では「ウイルスとの闘いが数年続き、終息は早くて2022年夏頃になる」というハーバード大学の提唱モデル(4月発表)を基本前提とします[4]。医療崩壊を防ぎつつ、自粛と解除を繰り返す戦略です。
人口1万人当たりの感染者数(黒線、縦軸左)と重篤患者数(赤線、縦軸右)、活動制限が実施される期間(青)の予測モデル(医療整備良好、季節性ありのケース)[4]
【前提3】ワクチンや治療薬の開発状況は?
100年前はウイルスの存在さえ未知でしたが、スペイン風邪の正体がインフルエンザウイルスであることは今や明らかです。頼みの綱となるワクチンや治療薬開発の現況はどうでしょうか。
ワクチン開発においてCOVID-19は変異頻度が高いRNAウイルスのため本質的に難しく、行き渡るにも早くて1年半、通常5-10年の時間がかかると言われています。同じタイプで馴染み深いインフルエンザでさえワクチン開発には数十年の歳月を費やし、しかもその効果は非永続的です(COVID-19は部位の変異が比較的少ないため、ワクチンの効果が長続きするという見立てもあります)。
一方、治療薬は他のウイルスに対し部分的に効果があるもの(アビガン、レムデシビル、イベルメクチンなど)が確認されており、これらの使い回しによる迅速な治験と大規模な現場投入、さらには副作用の少ない新薬の発掘が待たれています。
先日、米バイオ企業が開発中のワクチン投与で中和抗体を確認し株価が急騰しました。核酸ワクチンの効果は未知数ですが、短期的には治療薬、中長期的には画期的なワクチンが終息に直結するため経済動向を占う大きなファクターとなるでしょう。
以上の現状と予測を鑑み、各分野の社会構造はどのように変化していくでしょうか。
1. 国内外の経済と産業
ステイホーム政策は甚大な経済被害をもたらしています。
4月、国際通貨基金(IMF)は2008年に始まったリーマンショックをしのぎ、1929年の世界恐慌以来の水準になると指摘しました[5, 6]。実際にアメリカの4月の雇用統計は失業率14.7%で、1930年代の世界恐慌以降で最悪の水準です。ノーベル経済学賞受賞者ポール・クルーグマンは「V字にもU字にもそれ以外にもなりうる」と未曾有の事態に対する予測の難しさを表明しました[7]。国内では4-6月期のGDPが年率10-20%落ち込むという予測があり(1-3月期のGDPは年率3.4%減)、回復には数年かかるとみられています。
スペイン風邪の相場への影響は相対的には小さかったと捉える見方もあるものの[8]、グローバル化した現代では影響は免れないでしょう。スペイン風邪は資本主義経済が上向く1920年代直前に流行したため、コロナ禍を資本主義への最大の挑戦と捉える向きもあります。
実体経済では飲食業や航空産業をはじめ、小売・サービス・娯楽・人材・アパレル・金融などへの影響が懸念されています。多くの中小企業では資金繰りが困難なため、補助金の対応が遅さが問題になっています。新卒市場も不況を警戒し、採用を抑制する企業は26%に達し、しばらく採用市場も冷え込むでしょう。淘汰が進むと大企業による中小企業の合併も予想され、二極化が一層進むとみられています。
2. ライフスタイル・働き方
コロナ禍は三密回避やソーシャルディスタンスの徹底など、人々の暮らしにも特有の影響を与えています。コロナ禍後ではどのような産業の需要が高まるのでしょうか。
ビジネスの現場では双方向会議アプリによるオンライン化が進み、ZOOM社の時価総額は主要航空企業7社の時価総額を超え、早くもバーチャル空間の経済価値がリアルを凌いでいます[9]。コロナ禍後もテレワーク推進の流れから不要な出張は減少し、リモートオフィスなどのワークスタイルが増加するでしょう。人材不足解消とワークライフバランスの向上を掲げる”働き方改革”もこれを後押しする好材料です。労働者にはテレワーク適応が求められると同時に、感染者の多い都市部を避ける地方回帰の流れも予想されます[10]。
一方、飲み会での会議アプリの積極的利用は早々に飽きられ、倦厭ムードも聞かれます。不満としては発話者が集中する、視点が固定される、飽きやすいなどがあり、リアルなコミュニケーションより情報量が少ない機能的欠点があります。
このように身体性を伴うライフスタイルに関しては変化は一時的なもの、という保守的な見方も根強いです。特にエンタメの場では生身の人間との対面で生じる安心感の価値はゆるぎなく、代替される日は先になるため、テクノロジーを生かし三密をうまく回避した新たな対面サービスが望まれるでしょう。
3. 観光・エンターテイメント
オリンピック需要と訪日外国人の急増で近年好調だったインバウンドビジネスは6月までで1兆円近い消費損失が見込まれており、水をさされた格好になりました。ホテルや航空業界は大きなあおりをくらい、著名投資家ウォーレン・バフェット氏が米航空会社の株を全て売却したことも話題になりました[11]。
鍵を握るオリンピックは国際的イベントの性格上、運良く国内で収束したとしても前述の予測モデルに基づくと参加国が全て参加する”完全開催”が来夏に行われる可能性は小さいでしょう。縮小開催か、第二波・第三波の到来時期如何では再来年さえ危うく、中止の可能性も織り込む必要があります。
いずれにしても観光ビジネスへの影響は計り知れず、とりわけ渡航規制のあるインバウンドは壊滅的です。元には戻らないか、完全回復するとしても年単位の時間が必要とみられています。その一方で、渡航自粛の反動から年内には国内需要が高まる可能性があります[12]。近年のインバウンドへの偏りが是正され、かつての国内観光が楽しめる時代への回帰が見込まれます。
また、不穏な時代では人々の不安に寄り添うものが求められます。外出自粛の反動からすでに書籍やゲームなどカルチャー需要は好調で、若者消費もインドア指向がトレンドになりつつあります[13]。こうした産業は当面、人々の疲弊した心の貴重な癒やしになるでしょう。
4. 政治・メディア
パンデミックという世界共通の事象によって、各国政府の体制の違いや対応力の差が顕著になっています。リーダー不在による対応の遅さや杜撰さ、デジタル監視のセキュリティなど国内でも問題は山積しています。
コロナ禍の混乱に乗じてハンガリーでは独裁体制が強化され、日本でも検察庁法改正案の拙速が議論になりました。緊急事態の”悪用”は非常時こそ監視体制を強化しなければ民主主義の根本がいとも簡単に脅かされる好例です。裏返せば、緊急時こそ民衆が政府を監視することで旧態依然の仕組みをアップデートし得る絶好の機会なのです。
『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリは、パンデミックや戦争のような大きな混乱の際に強権的な制度が制定されやすいこと、事態収束後も社会に長期間影響を及ぼしかねないことを警告しています[14]。滑稽な例として、ハラリの母国イスラエルで大戦中に贅沢禁止例の対象になった”プリン”の規制が解除されたのはなんと2011年でした。
政治同様に、コロナ禍は各国メディアの質の差も浮き彫りにしました。客観性と正確な報道力を保ち、独裁権力の出現を許容しない「第四の権力」としての報道規範が一層求められます。
5. 教育
教育分野も大きく揺れています。
一斉休校直後からオンライン授業を採り入れているアメリカ・中国などICT先進諸国との教育格差は顕著です。国内でも私立校や一部公立校で導入されたものの、授業の質や浸透率など依然低くとどまっているのが実情です。
MOOCやオンライン英会話の成功が示す通り、高等教育や語学分野での効果はすでに周知のものでした。初中等教育でのオンライン授業は独立自習型の教科には向き、いじめなど集団教育の負の側面の対策にも優れる一方、実践型教育や非認知能力の育成には不向きです。したがって、従来型教育とどの程度ハイブリッドするかが今後の焦点となるでしょう。
また、カリキュラム遅れの解消として9月入学案が叫ばれています。情緒的問題を除けば海外と歩調が揃うため、グローバル社会移行への強い後押しになります。一方で、海外人材との競争激化の懸念や、予算や教員数の確保が難しいと反対の声も上がっています[15]。
こうしたもどかしい状況に対する焦りの声は多く、不透明な先行きの中で教育投資熱は却って加速するでしょう。塾など民間産業でオンライン事業を中心に伸長するチャンスは大きいといえます。
まとめ
古来より感染症の歴史は幾度となく繰り返されてきました。世界的な自粛政策が終息まで断続的に続く場合、オンライン化を基軸にした”脱・三密”の社会が構築され、既存産業の価値が再点検されるでしょう。政治参加の機運も高まり、テレワーク社会に向けた教育体制の刷新が期待されます。一方、完全なオンライン化は人々を疲れさせるため、観光・エンタメ産業やカルチャー需要はその存在意義が変容し再認識されます。既存の価値観にとらわれず、柔軟なマインドで対応する新産業がアフターコロナの時代に飛躍することでしょう。
参考文献/サイト
[1] Miller et al. Correlation between universal BCG vaccination policy and reduced morbidity and mortality for COVID-19: an epidemiological study. medRxiv(2020)
[2] Kamikubo et al. Paradoxical dynamics of SARS-CoV-2 by herd immunity and antibody-dependent enhancement.(2020) www.cambridge.org
[3] http://www.bs.s.u-tokyo.ac.jp/content/files/covid/COVID-19_continuity_strategy.pdf
[4] Kissler SM et al. Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2 through the postpandemic period. Science(2020)
[5] “World Economic Outlook, April 2020: The Great Lockdown”, IMF
”It is very likely that this year the global economy will experience its worst recession since the Great Depression, surpassing that seen during the global financial crisis a decade ago. “
[6] https://www.businessinsider.jp/post-211660
[7] “How Long Will The Corona Recovery Take?”, Traders’ Insight, April 9, 2020
[8] https://ofdollarsanddata.com/how-will-coronavirus-affect-your-portfolio/
“A global pandemic that killed 3% of the Earth’s population only sent markets down 10% over a period of 4 months.”
[9] “Zoom is Now Worth More Than the World’s 7 Biggest Airlines”, https://www.visualcapitalist.com/zoom-boom-biggest-airlines/
[10] 第3回新型コロナウイルス生活影響度調査https://www.cross-m.co.jp/news/release/20200417/
[11] ブルームバーグ、2020年5月3日
[12] 「国内旅行の再開、1年以内が6割」トラベルジャーナルオンライン 2020.5.18
[13] 「新型コロナ禍で変わった若者消費」日経クロストレンド 2020.5.20
[14] “Yuval Noah Harari: the world after coronavirus”, Financial Times, March 20, 2020
[15] 日本教育学会声明、2020年5月11日
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